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○第4回古代史研究会春季研究集会

ヘレニズム化が古代ローマ建築に及ぼした影響とその限界
 ―列柱廊空間をめぐって―

川本 悠紀子(同志社大学)

 古代ローマの文化の中に「ヘレニズム化」を見出そうとする試みでは、往々にしてギリシア的な造形物やギリシア語をラテン語表記して表された事物と「ヘレニズム化」とが結びつけられてきた。これは、文化面での「ヘレニズム化」は当然起きただろうという既存の価値観に依るものと思われるが、ギリシア語由来の言葉の史料上での使用や、ギリシアに似たようなものがあるという点を「ヘレニズム化」という概念で片付けてしまうのはいささか問題ではないだろうか。
 例えば、古代ローマ文化の「ヘレニズム化」の表れとしてしばしば引き合いに出される列柱廊空間「ペリステュリウム(ギリシア語ではペリステュロス)」に関する史料・考古学資料を分析してみると、列柱廊空間は必ずしも「ヘレニズム化」によってもたらされたとは言えないということがわかった。
 「ペリステュリウム」という建築用語は(英語ではペリスタイル)、古代ローマの考古学の教科書を繙くと必ず登場するほど現在では一般的な言葉であるが、ラテン語史料上での言及は32例と少なく、このうち22例が『建築書』を著したウィトルウィウスによるものであった。つまり、「ペリステュリウム」は確かにギリシア語の「ペリステュロス」に由来する言葉であるが、この建築用語はこれまで考えられてきたほど一般的なものではないため、「ペリステュリウム」を「ヘレニズム化」の好例と見なすのは困難といえよう。さらに考古学的見地からいうと、古代ギリシア住宅の列柱廊空間の内側は石敷きで、様々な活動を行いうる空間であったのに対し、古代ローマ住宅の列柱廊空間の内側は庭でしかなかった。こうした空間の機能の違いから、古代ギリシア住宅の列柱廊空間を古代ローマ住宅に持ち込んだとするのは無理があるといえよう。本発表では、列柱廊空間に関する史資料を検証する中で、「ヘレニズム化」が及ぼした影響とその限界について考えたい。



                 (所属などは発表時のものです。)



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